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こころ 七



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こころ 七

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私は不思議に思つた。然し私は先生を研究する氣で其宅へ出入りをするのではなかつた。私はたゞ其儘にして打過ぎた。今考へると其時の私の態度は、私の生活のうちで寧ろ尊むべきものゝ一つであつた。私は全くそのために先生と人間らしい温かい交際が出來たのだと思ふ。もし私の好奇心が幾分でも先生の心に向つて、研究的に働らき掛けたなら、二人の間を繋ぐ同情の糸は、何の容赦もなく其時ふつりと切れて仕舞つたらう。若い私は全く自分の態度を自覺してゐなかつた。それだから尊いのかも知れないが、もし間違へて裏へ出たとしたら、何んな結果が二人の仲に落ちて來たらう。私は想像してもぞつとする。先生はそれでなくても、冷たい眼で研究されるのを絶えず恐れてゐたのである。
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私は月に二度若くは三度づゝ必ず先生の宅へ行くやうになつた。私の足が段々繁くなつた時のある日、先生は突然私に向つて聞いた。
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<q>あなたは何でさう度々私のやうなものの宅へ遣つて來るのですか</q>
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<q>何でと云つて、そんな特別な意味はありません。——然し御邪魔なんですか</q>
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<q>邪魔だとは云ひません</q>
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成程迷惑といふ樣子は、先生の何處にも見えなかつた。私は先生の交際の範圍の極めて狹い事を知つてゐた。先生の元の同級生などで、其頃東京に居るものは殆んど二人か三人しかないといふ事も知つてゐた。先生と同郷の學生などには時たま座敷で同座する場合もあつたが、彼等のいづれもは皆な私程先生に親しみを有つてゐないやうに見受けられた。
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<q xml:id="part1" next="part2">私は淋しい人間です</q>
と先生が云つた。
<q xml:id="part2" prev="part1">だから貴方の來て下さる事を喜こんでゐます。だから何故さう度々來るのかと云つて聞いたのです</q>
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<q>そりや又何故です</q>
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私が斯う聞き返した時、先生は何とも答へなかつた。たゞ私の顏を見て
<q>あなたは幾歳ですか</q>
と云つた。
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