前者は首部を欠くが、向達の本によって補充できる。巻首に皇四従伯中散大夫行金州長史李知非の序があり、本書成立の事情を語る。玄奘訳『般若心経』を注したもので、注者浄覚は、別に『楞伽師資記』の編者として知られ、中宗の皇后韋氏の弟であり、出家して太行山に修道し、&C0-F4BF;州弘忍の法を受けた玄頤に嗣いだ人。神竜より開元時代にわたって活躍している。禅者の注釈として注目すべきであり、『霊巌寺和尚請来法門道具等目録』によって、平安時代にすでに日本に将来されたことが知られる。
南陽忠国師、芙蓉道楷、慈受懐深の注を合せたもの。古来、禅者の注として尊重されるが、その編成はおそらく五山僧の手になるものであろう。南陽忠国師の注経のみは、貞治三年(一三六四)のわが五山版があり、続蔵以外に寛政三年(一七九一)に玉泉山常徳寺師静が重刊している。また、宇井伯寿が校刊を加えた左記がある。
古来、達摩のものと見られて『少室六門』の第一門に収められるが、歴史的には玄奘の訳経に達摩が注を加えることはないから、右にあげたものと同時頃の作品であろう。唯識系の用語が特色をなす。頌を付するのは、右の竜谷大学本にすでにその例がある。『心経頌』は、目下のところ『少室六門』の本以外に存しないが、近ごろ韓国で編せられた『新刊懸吐禅門撮要』第六章にもこれを収めているから、『少室逸六門』はかつて朝鮮でも行なわれたらしい。